
と、5歳の子供からお叱りを受けそうだ。
日本は、ほんの30数年ほど前、経済や技術で世界のAクラスの上位におり「As No.1」と言われた瞬間もあった。しかし、バブル崩壊時に守りに転じたまま、気がつくと大切なものをどこかに置き忘れて来てしまった。
この間、米国はモノからソフトへ軸足を移し、独創的な技術開発を進め、大きな富を築いた。この知的産業の分野で日本は、見る影もない。(モノ作りにも課題はあるが‥)

高齢のノーベル賞受賞者は「基礎研究に注力を」と言うが、若者まで届かない。留学生は減少し、米国のハイテク現場で活躍しているのは、韓国系や中国・台湾系の若者だ。
今、日本でDX投資をした場合、どれほど日本にお金が落ちるだろう?・・デジタル化の付加価値の大部分は、日本では生み出されていない。
そんなんで、将来 大丈夫か?
今さら焦っっても仕方がないが、戦後の焦土から、油まみれの手で世界のHONDAやSONYを起こした先達の背中から学ぶ事があるかも知れない。

先日、ガス器具の点検時に細かい指摘をしたが「ガス漏れは怖いですからね。」と言い「最近の若いお客さんは『何かあったら面倒見てくれるんでしょ?』と言われるだけで、自ら確認しようとされません。」と話された。
便利な生活に慣れて、危機意識がにぶって来ているのか?『もしものこと』があった場合に、保険金を貰っても大事なものは戻らない。身を守る本能や感受性が鈍ると、創造の機会を失くして行くのではと甲羅が寒くなった。
他人や環境に問題解決を委ねるのではなく、自分の五感とアタマで、試行錯誤の末に解決する喜びや楽しみを大切にしたい。
製品を買って来るだけでは、付加価値は生まれない。既存の技術でも工夫して使う事が重要だ。借り物でない取り組みが、新しい価値を創り出すと信じる。

